□ 例会NO.3 「精神病院の現在 Part 2」

 前回に続き「精神病院」をテーマに、外からは伺い知る機会のない患者の生活を紹介し、環境の改善によって患者の様子がどう変化するかを考えました。

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と き 2000年11月7日(火)19:00〜22:00

ところ 東京大学工学部1号館15号講義室(文京区本郷7-3-1)

てーま&発言者 精神病院の現在 Part 2
岡本和彦(岡田新一設計事務所)
名執亜也子(東京武蔵野病院)
河井渚(同上)

かいひ 一次会 \1,000- (一次会のみ出席可)
二次会 \2,000- (二次会のみ出席可)

世話人 五代正哉 須田眞史 鈴木章子 高橋泰 高橋良江 中村巧




精神病院の現在 Part 2
 *JIHaユースクラブ例会No.3は2000年11月7日、東京大学工学部1号館15号講義室において開催された。当日は、昨年「精神病院」をテーマに博士論文をまとめた岡本和彦氏(岡田新一設計事務所)と東京武蔵野病院・精神科病棟のナース 名執亜也子、河井渚両氏に発言者としてご参加願い、岡本氏()の話を中心に、ナースご両名()からも現場の実情などを伺うかたちで会が進められた。以下は、その内容を発言者の了解を得て事務局がまとめたものである。なお、その後、質疑応答など活発な討論が交わされたが、これについては紙面の都合上割愛させて頂く。


:前回は、精神病院の事例紹介が中心だったので、今回は患者さんの生活に注目して、私が学生のときに集めた事例を紹介しながら、精神病院の中でどんな生活が行われているか、どんな設計がなされるべきかを考えてみたいと思います。

作業療法・運動療法

:精神病には、これといった決め手となる治療法はありません。全ての療法は、基本的に薬物で調整しつつ、コミュニケーションをとりながら、社会から孤立していた患者さんの社会性を回復させてゆきます。数ある療法の中から、医師が自分の考えに合致するものを選ぶわけですが、そのひとつに作業療法があります。手芸ですとか、卓球、塗り絵、レクリエーションなど、いろいろな作業を行います。  建物もこれに対応して、作業療法室、運動場、木工室などのスペースが設けられている。しかし、実際に作業療法を見学してみると、あまり活気がなく、看護婦さんが音頭をとって、患者さんに一生懸命何かをさせようとしているような状況です。それがうまくいっているかいないかは、我々素人には判別が難しい。  早速ですが、武蔵野病院では、どのような作業療法が行われていますか。

: 閉鎖病棟か開放病棟かによって違いますが、スポーツや陶芸などです。このほか、人と交流のもてるような人であれば、仕事や社会復帰に向けて、軽作業や喫茶店といった仕事を教えるOTプログラムもあります。

: それは全員が同じ時間割ですか。それとも患者さんごとのメニューですか。

: 時間割があって、参加する患者さんも決まっています。

: 専用の部屋が設けられていますか?

: 作業療法棟があります。

: 私は長野県のある病院に4年ほど通って、患者さんの生活をつぶさに観察したのですが、そこでは作業療法は一切行わない。そんな時間があるなら看護婦は患者さんに一対一で対応しなさい、という方針でした。それが普通なのか、正しいのかどうかは私にも分かりませんが、そこでは患者さんが時間割で動くのは起床と食事ぐらいで、あとは自由なんですね。その自由時間の中で、看護婦さんが患者さんひとりひとりをケアするという形をとっていました。

 これは別の大学病院の精神科の話ですが、月間予定表に、カラオケとか「運動しよう会」という会が設けられていて、私が行ったときに、たまたまカラオケが行われていました。これは自由参加なのですが、そうすると人が来ないんですね。そのときは、患者さんひとりに対して看護婦さんふたりが順番にマイクを握り合って歌っているという寂しい状況でした。

 回復してきた患者さんは、買い物や散髪といった社会的な行為が自分で行えるように2〜3人のグループで外出することも、よくあります。これは作業療法とは別なんですが、社会訓練プログラム的な療法として多く用いられます。

 作業療法室のほかに、いわゆる多目的室というものが、よくあります。運動もできるし、音楽もできるという部屋ですね。しかし実際には、いつもここで人が寝ていたりして、お医者さんが想定したような使い方がされていないことが多い。

 それから運動部屋というのもあって、エアロバイクや腹筋台が置いてあったりする。これにはプログラムによるものと、自発的にやるものがあります。精神病の患者さんは動きが少ないですから、肥満による内臓の疾患が多い。お医者さんは積極的に運動しろと言いますが、なかなか思い通りに動いてくれません。

 武蔵野病院では、患者さんはどのような運動をなさっていますか。運動するような部屋はありますか。

: エアロバイクのような運動ができる部屋はありません。週に1回、スポーツレクというものを病院の体育館でやっています。そこでは個々にバスケットやバレーボールをします。

: 体育館は看護婦さんの許可を得てから使うのですか。勝手に行って、自分でボールを拾って遊ぶことも許されていますか。

: 患者さんの容態によるので、ドクターの指示で、構内から出られる人だけが参加できます。看護婦もそれを確認の上、スポーツレクに参加してもらっています。

: 武蔵野病院は何床あるんですか。

: 全部で600床くらいです。

: 大きいですね。閉鎖病棟の患者さんも、運動できるような場所がありますか。

: 閉鎖病棟では週1回、OTを兼ねてやっています。

: いま話に出てきたように、体育館には鍵がかかっていて、担当者の許可がないと使えないところが多い。私の見学したアメリカの精神病院では自由に使っていいらしく、患者さんが勝手に遊んでいる様子が見られました。

 日本では、屋外に運動できる庭を持っている病院が多いですね。実際には激しい運動をするというのではなく、外でひなたぼっこする程度ですが、それでも外に出る機会があるのは、気分転換になっていいものです。これはお医者さんも認めてますし、患者さんもそういう空間があると楽しいと言う人が多い。もちろん、そういうところに自分で出てこられるのは、かなり回復している患者さんです。

 精神病院の一番の問題点は、患者さんの病状が千差万別で、一種類のプログラムや建物を決めただけでは、それに適合するような動きはなかなかしてくれないことです。ですからお医者さんも、どのラインを基準にして患者さんの生活を考えるか、頭を悩ませています。

 あるハワイの病院では、広大な敷地の中に病院がぽつんと建っていて、木と木の間に紐を渡して、ターザンのように遊べる仕掛けがしてありました。さすがにこれを使っている人はあまりいないのですが、看護者の積極的な働きかけしだいでは、そういう派手な遊びもありうるということですね。

 日本のある病院では、病棟の目の前に野球場があって、野球好きの先生が働きかけることで、患者さんは普段はしない運動を行っていました。

 もっとも、ひと昔前には、作業療法と称して自分の家の草むしりをさせて保険点数を請求するといった悪徳医師も多く見られましたので、作業療法自体に抵抗があるというお医者さんもいて、やりたくないかもしれない選択をさせることについては、線引きが難しいところです。

 
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病室

: 患者さんは、放っておくと自室でずっと寝ている人が多い。私が調査に通っていた病院でも、昼間は体調が悪くない限り、起こして外に出すという治療方針をとっていました。

 武蔵野病院では、寝ている患者さんに対してどういうアプローチをとっていますか。

: 私たちの病院は急性期の患者さんが多いので、どちらかというと、走り回ってなかなか休息がとれない方が多いんです。鬱状態でこもりがちな方については、時期によりますが、休息が必要な場合にはそのまま様子を見ます。そのままにしておくと昼夜が逆転して夜間眠れないパターンに陥ってしまう方は、日中なるべくお買い物やスポーツをして頂いて、覚醒していられるようにしています。

: 日本の精神病院は9割以上が民間病院で、公的な病院は非常に少ない。法律の上では各都道府県に最低一つは都道府県立病院を設けて、救急の激しい患者さんを引き受けることになっていますが、まだ県立病院がない県があります。急性期の患者さんは扱いにくいので、民間の病院ではなかなかとりあってくれない。せっかく受け入れてくれても、急性期の患者さんと慢性期の患者さんとが混在すると、全く動かない人から激しく動き回る人までいて、病院の中が統制のとれない状態になり、治療もうまくいかないことが多いようです。

 食事についても、病院によって様々な考え方があります。患者さんの食欲や体調を見るのは大事ですから、一か所の食堂に集めて一斉に食事をとる病院もあります。食事は患者の自由な行為であるから、患者にまかすという考え方の病院もあります。

 ある病院では、一応食堂はあるのですが、ほとんどの患者さんが自分の部屋に食事を持って行って、しかもカーテンをひいて食べる。食事どきに病棟に行くと、4床室の中で4人全員がキュービクルカーテンを引いて、中からカチャカチャと食器の音だけが聞こえてくる。食堂で食べる病院が多いので、初めて見たとき、ものすごい衝撃を受けました。

 ふだん通っていた病院が、こういうことを許してくれない病院なので、そこの院長先生にその話をしたら、「僕の基準では考えられないが、そこの病院の診療方針がそうなら仕方がない」と言う。つまり、精神の医療には正解がないわけですね。ですから、その病院の治療方針が建物の形に出てくる、というのが私の考え方です。例えば形が一緒でも、治療のプログラムが変わってくると、同じ病室でも、患者さんが外に出てすっからかんになったり、逆に24時間そこにこもるといった具合にはっきり分かれてくる。ですから、これに応じた設計がされなければいけないと考えられます。

 ひと昔前の病室には、廊下側がすべてガラスで、中が素通しというすごいものもありました。患者さんの様子が一目で分かりますから、看護側には非常に都合がいいのですが、患者さんは当然見られたくないわけで、さすがにこういう病院は最近は少ないですね。

 武蔵野病院には、患者さんの隠れられる場所、患者さんがひとりになれる場所は設けてありますか。

: 特別に設けてはいません。大部屋はカーテンで仕切れるようになっていますから、そこで休んでもらったり、面会室を使っていないときには、一人になりたい患者さんにそこを使ってもらうこともあります。

: カーテンが閉まっているとき、何をしているのかを見るために声をかけたりしますか。

: 行動に予測がつかないところがあるので、部屋に患者さんがいるときはなるべく足を運んで、そのつど状態を確認するようにしています。

: 最近は患者さんのプライバシーということが精神病院でも声高に言われていますので、設計するときに患者さんが一人になれる場所、例えば廊下をアルコーブ状にくぼませて隠れられる場所を設計する例も多いんですが、そういうことをすると、必ず監視カメラがつくんですね。すると患者さんは敏感に察知して寄りつかず、何のためにつくったのか分からないという困った悪循環が起きてしまいます。

 私が通っていた病院は建て替えたのですが、建て替え後に2階のベランダにカメラがついた。そのベランダは眺めも良くて、とてもいい空間なのですが、患者さんはカメラがあるところには行きたくない。トイレに隠れる方がまだましだという話を聞くと、監視カメラと看護婦さんの手間というバランスの問題が浮かび上がります。

 精神病院は、一般の病院よりも医師と看護婦の数が少なくてよいという特例が認められているので、看護婦さんの労働は膨大なものです。それを人力で補うか機械で補うか、あるいは建物のつくりで補うかというところが、設計の上で、患者さんと治療する側とのバランスがとりにくい部分だと思います。

 畳の病室については、国庫補助を受けて建て替えるときには、禁止されます。それでも、自分で畳を敷いて、なんとか床座で暮らそうとする患者さんがいます。精神病院には痴呆を扱うところもあり、高齢の患者さんも多い。夜に妄想が起きて転落したりするので、積極的に畳を取り入れようとする病院もあります。しかし国の補助を受けると、これは認められないので、断念せざるを得ない病院が多いという話も聞きます。

 ひと頃は病院の収益を上げるために、多くの患者さんを畳部屋に詰め込むということも行われていました。インフルエンザが発生したこともあります。けれども、最近では2床室なども増えてきて、国庫補助を受ける場合は多床室は6人以下という基準がありますので、かなり改善されていると思います。

 アメリカの精神病院は、ベッドや机が家庭的なものが多いですね。ホテルのツインルームといった趣きです。アメリカは医療制度が違いますから、在院日数が短い。一般に2週間ないと思います。精神病院で、平均在院日数が2週間以下というのは、日本では考えられない。正確な数字は難しいですが、日本の場合は数百日のオーダーだと思われます。20年30年という特殊な患者さんがいるので長くなるんですが、アメリカの2週間というのはICUのオーダーですね。

 先月、JIHaのアメリカ視察に参加したのですが、一般病院の平均在院日数は、短いところで2.5日、長くても5日。病院全体がICU化している感じです。それで本当に治療できるのかと聞いてみたら、できないと認める。管のついたまま帰さざるを得ないというわけです。保険制度がお金を使わない方向に向かってますので、そういう歪んだ状況になっているのですが、一泊二泊の入院生活のために、長期滞在できそうな立派な施設がつくられているアメリカの状況も、少々奇妙な感じがします。

 
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デイスペース

: 次に、デイルームや食堂といった、患者さんが病室の外に出て遊べる場所について考えてみたいのですが、大体どこの病院でも、突っ伏して寝たり、廊下の陰にうずくまって一日を過ごしている患者さんが多いと思います。アルコーブ状のコーナーをつくって、患者さんが集えるような場所を積極的に設計しても、なかなか思うように患者さんが集まってくれない。そういうところは、机と椅子だけでなく、テレビがあったり本棚があったりして、一人で時間がつぶせるようになっているところが多いですね。

 アメリカでは、中庭に噴水があったり、精神病院とは思えないような食堂があったりします。食堂はカフェテリア形式で、ホテルでバイキング式の朝食をとる感覚です。

 患者さんの居間も、内装のテクスチャーや家具への気の使い方が格別に違います。日本ではパイプ椅子が多い。ふだんからパイプ椅子で生活している人はいないと思うんですが、病院ではなぜか当たり前になっています。

 患者が麻雀を打つ病院はわりと多いのですが、禁止しているところもあります。煙草や持ち物を賭けて、患者さんの間でヒエラルキーが生じることが多かった経験からでしょう。畳の大部屋で雑魚寝するといった劣悪な環境で生活していると、自分のおかれた状況を改善するために変に頑張る人が出てくる。その結果、争いが起きるので、禁止するわけです。  日本の病院では、畳のデイコーナーがよく見られます。畳の使い方は意外に難しくて、日本人だから畳さえ置いておけば集うだろうと考えて設置しても、なかなか思ったような使われ方はされません。

 
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保護室

: 精神病院とは切っても切れないものに保護室があります。最近は鉄格子をなくしたり、いろいろ努力されていますが、やはり閉鎖的な空間です。  武蔵野病院には、保護室は病棟に何室くらい設けられていますか。

: 10床です。

: 1看護単位は何床ですか。

: 54床です。

: 54床のうち10床は多い方ですね。

 保護室は一般に、暴れてどうしようもない患者さんを一時的に閉じこめるための空間と考えられていますが、実際に調査してみると、そういう患者さんだけではなくて、自分から積極的に入れてくれという患者さんもいるんですね。普通の病室だと一人になれる空間がない。その代わりとして保護室を用いる。お医者さんも拒むことができないので、一番おとなしい人が保護室に入っているという状況が、まま見受けられます。日本の場合、なかなか個室が得られませんから、個室代わりです。本来の目的とは全く違う使われ方ですが、そうなると、一人になるだけの空間にあれだけの設備が本当に必要なのかとか、本当に保護室に入れるべき患者さんが来たときにどちらを優先するかといった問題も出てきます。

 日本の一般的な保護室は、ベタッとしたビニール系の掃除のしやすい床に布団が敷かれていて、窓に格子がはまっています。格子は非常に頑丈で、中に砂などを詰めて音が発生しない工夫がされています。

 なかにはベッドの保護室もありますが、治療者側からは嫌がられています。ベッドを立てかけて首を吊ろうしたり、ベッドそのものを投げつけたり、患者さんが排泄物で汚したベッドを清掃に出すのが面倒といった理由で採用されないことが多い。

 扉が二重になっていて、外には全く音が漏れないタイプのものもあります。この場合、中の様子は監視カメラで観察する。非常に割り切った保護室です。急性期の暴れる患者さんが多いところでは、こういう頑丈な保護室を使っているようです。

 アメリカではさらに割り切って、ナースステーションからの観察窓が一個あるだけで、窓さえない監禁部屋のような保護室も見たことがあります。普通の病室が豊かなので、自分から志願して保護室に入るような患者さんは、いないのでしょう。保護室を本来の目的どおり、急性期の荒っぽい患者さんを入れるだけの部屋として機能させるのであれば、窓もいらない。ベッドに革の手錠がついていることもあります。

 これまでに一番驚いたのは、壁がベニヤに白ペンキを塗っただけのきれいな保護室です。トイレも、ふつうは衝立もなく、床に穴を開けただけのものだったり、アルミの便器だったりして非常に寂しいものですけれども、ここでは家庭で使われている白い陶器の便器と流しがつけられていました。院長先生に「こんな便器だとすぐ壊されるでしょう」と聞いたら、「壊せば直せばいい。それよりもちゃんとした空間を提供する方が、治療成績は絶対に上がるのだから、そういうところでケチってはいけない」と厳しく言われました。建築の側がお医者さんに教えられることも多いですね。

 
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スタッフスペース

: 今度は看護者の部屋を考えてみましょう。

 ナースステーションというのは、たいてい隣の食堂やデイルームに視線が届くようにガラスになっていますが、これが逆に患者さんから見られているというストレスにもつながっているようです。

 私が行った病院の中には、ナースステーションが患者さんたちのいる空間の真ん中にガラス張りで囲まれていて、患者さんの視線やちょっかいでストレスがたまり、病気になって辞めていく人が多いところもありました。こういう見通しのよいナースステーションが本当にいいのかどうか、もう一度考えてみる必要があると思います。

 一方、やたら広いナースステーションもありました。これは高層の病院で、基準階が各科に均等に割り振られたので、精神科に他の科と同じスペースのナースステーションができてしまいました。精神科には治療機械はあまりないですから、ナースステーションの中がスカスカになってしまったわけです。

 アメリカでは精神病院の数が少ないですから、入院するのは重い人が多い。そういう人たちから身を守るために、ナースステーションはきちんとガラスで区分けされているのが一般的です。しかし、なかにはカウンターしかないナースステーションもあります。

 武蔵野病院では、ナースステーションは普通にガラスで区切られていますか。それともオープンカウンターですか。

: ガラスで区切られています。

: 患者さんに投薬したり話をするときは、カウンター越しですか。

: いえ、ナースステーションから患者さんの方へ出向きます。

: では、投薬のときもナースステーションの前に患者さんがズラーッと並んでいるような状態ではないわけですね。それは割合珍しいですね。

 僕が知っている病院では、患者さんがナースステーションまで行って、カウンター越しにお見合いをしているような光景が多いんですが、ナースステーションが心理的な壁になっているのではないかという疑問があります。確かにガラスやカウンターでは顔が見えるんですが、実際に何かするときにカウンターをはさんでするのと、看護婦さんが外に出てするのとでは、患者さんに与える影響がちがうと思うんです。その点では武蔵野病院は理想的な接し方をしているようです。

 ところで、看護婦さんの控室はしばしば、煙草のにおいがものすごい。看護婦さんのストレスは僕たちの想像を越えるものらしくて、ふだんは患者さんに煙草を吸うなと言っておきながら、自分たちはストレスで煙草を吸わざるを得ない状況に追いつめられているのかもしれません。

 
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喫煙室

: 精神科の患者さんは、ものすごく煙草を吸います。なんでこんなに吸うのか、という研究があるくらいです。煙草は、一説には精神病を抑える薬を相殺する働きがあるそうで、治療効果を薄めているとの話もあります。とにかく本数が多いですから、それによって併発する病気も多い。お医者さんは吸わせたくないのが本音ですが、なかなか難しい。

 武蔵野病院では煙草について、特別な規則だとか制限というものはありますか。何時から何時までとか。何本以内にするとか。

: 患者さんにも習慣がありますので、特に制限はしていませんが、ライターは危険物なので、病棟に1つしか置いていません。消灯を過ぎてから朝5時まではナースステーションで預かるようにしています。保護室に入られる方は自由に吸えませんで、先生に許可を得て、ナースが付き添って吸ってもらっています。

: 吸う場所は決まっていますか。

: 喫煙室が設けてあります。狭いんですけど。

: どこの病院でも喫煙所を設けて、その中で煙を何とかしたいと考えているようですが、しばしばデイルーム全体に煙が充満することになります。

 アメリカの病院で「煙草はどうしているんだ」って聞いたら、「うちでは一切禁煙。外でも吸わせない。何でそんなことを聞くんだ」と、とんでもないという顔をされました。日本では煙草をやめさせるためのプログラムが準備されているくらいなのに、アメリカでは何の苦もなく禁煙が行われているのが不思議でした。患者さんに煙草をやめさせるのは難しいですよね。設計事務所の人間でもなかなかやめられないくらいですから。

 煙草を吸う空間は煙が充満しますから、当然のことながら、いい環境ではありません。吸わない患者さんから苦情が出ることも多い。よくガラスの垂れ壁をつけたりしていますが、それでは間に合わなくなって、床までビニールをだらんと垂らして、屋台の中で吸っているようなところもあります。喫煙室を、半屋外的な、三方が窓に囲まれている飛び出した部屋にして、テラス的な空間を設けている病院もあります。いずれにせよ、煙草については火事の問題もありますから、どこの病院でも非常に気をつかっています。

 医者の中では、煙草については半ば諦めムードが漂っていて、すぐ煙をどうするかという副次的な問題に話がいってしまいますが、僕が通っていた病院は「女性だけは禁煙」という非常に変わった方針をとっていました。もちろん女性患者の不満は高いんですが、実際女性の患者さんは吸っていませんでしたから、強い信念があればアメリカ型にすることも可能なのかもしれません。

 
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精神病院の将来

: アメリカではケネディ大統領のときに、精神病院は人権を侵害するものだからなくしてしまおう、ということで実際になくしてしまいました。入院していた患者さんはどうしたかというと、ホームレスになってしまった人が多い。ある人に言わせると、アルコール中毒や薬物中毒が多いのが日本とは違いますが、アメリカのホームレスの半分は精神病院で処遇されるべき人だそうです。

 日本でも厚生省が精神病院の数を減らすことに躍起になっています。患者さんが35万人、精神病院が1600。これは先進国の中では、ずば抜けて多い。ケネディ時代のアメリカにも2000床程度の病院がゴロゴロありましたから、これをドラスティックに変革すると、いま新宿駅にいるホームレス程度の状況では収まらないかも知れない。そういうことを考えると、精神病院のこれから、特に制度による変化は非常に不安です。減っていくのでしょうが、減った後がどうなるかは疑問です。

 精神病にとっては、入院して治すのは、依然として有効な治療です。定期的に投薬して、定期的な生活プログラムを行って、簡単にいえば規則正しい生活をして、他人とコミュニケーションをとる。これを行っているうちに良くなっていくというのが、治療者の一般的な意見です。それを行うには、やはり建物の中に一定期間入る方が効率がいい。特に身寄りのない人ですとか、家族から見放されている人が多いですから、そういう人たちが社会の中で治療を受けるのは困難が伴う。そうすると、精神病院はいつの時代にも必要なはずで、今後も維持されていくと思います。したがって、患者さんがちゃんと生活できて、コミュニケーションのとれる空間を設計するのが、設計者の課題だろうと考えています。


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